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ソーシャルメディアと教育について


Photo by It’s Holly

家族に教育関係者が多いせいか、実家に帰ったり親戚が集まったりすると、どうしても「教育」の話になってしまうし、大学の同級生で先生になった友人も多いので、現場の話を聞く機会も多い。

僕らがちょうど学生だったころから比べると、良くも悪くも教育現場は様変わりしていて、新しい問題も多い。そこで、ソーシャルメディアを日々研究している立場から、教育に対してどういう意味があるのか、少し考えてみる。

  • ウィルの悲劇

映画「グッドウィルハンティング」の中で、ロビンウイリアムス扮するセラピストのショーン・マグワイアが、問題児「ウイル・ハンティング」(マット・デイモン)に対し、こう質問するシーンがある。

ショーン:君に親友と呼べる人間はいるのか?
ウィル:シェイクスピア、ニーチェ、フロスト・・・
ショーン:みんな死んでいるじゃないか。親友というのは、直接魂に触れる存在だよ。

天才過ぎるウィルにとっての親友はなかなか見つかるものではないだろう。(まあ、MITにはいるかも知れないが)

ところで、ニーチェやシェイクスピアはともかく、多かれ少なかれ、(小さければ小さいほど)子どもは何か強い好奇心を持っているもの。 例えば石を集めたり、昆虫を採取したり、大人には持ち得ない情熱を持っているものだと思うし、実際にそういうものは大人が驚くくらい吸収するものだ。大人になってもその情熱を失わずにいるひとは幸いだが、大抵は大人になるにつてその情熱が失われる。

理由のひとつは学校の決められたカリキュラムに沿っていないものは重要視されないこと、もうひとつは、その情熱をシェアする友人が周りに見つかならないことだ。

子どもにとって(大人にとっても)、クラスメイトは身近で大切な存在だし、受験に向かうレールに乗らなければいけない空気も感じとるから、ひとりの趣味・学習を追求するより、流行りものを共有し、カリキュラムに従った方が生活上、はるかに安全だ。

そうして情熱は失われていく。

  • mixiコミュに質問した受験生

mixiのあるコミュニティで、ある高校生が受験の課題のために質問をした。詳細は忘れたが、確か「地方の商店街を活性化するためのマーケティング策」のようなものだったと思う。

そこで、おせっかいな大人たちは、マーケティングの基本フレームを教えたり、アイデアを出し合ったり、素人丸出しの質問者に親切丁寧にアドバイスをしていた。(質問者を差し置いて大人同士が熱いマーケティング議論をしていたりもした)

ここで話が終われば単なる美談なのだが、話もまとまりかけ質問者が色々と感謝のコメントを残している最中に、ある教育関係者がコメントを残した。

こればルール違反です。カンニングです。本来であれば、志望校に「通報」すべきところです。他の受験生が自力でやっているのに、明らかに公平性を欠きます。

他にも、「助けた大人にも責任がある」「見つけ次第対処しているが、教育現場としても困っている」等々を書き込んでいった。

一瞬目を疑った。恐らく、彼は「質問に何でも答えてくれるお手軽なコミュニティに質問して楽をした」と考えているのだろう。

とんでもない

実際に素人が専門的なコミュニティに顔を出し、質問して有益な答えを引き出すのは至難の業だ。生半可な質問をすると「ググれカス」とか「過去ログ見てから質問しろ」など、容赦ないコメントの応酬が待っている。

そこを彼は「高校生がレポートで。。。」と、大人心をくすぐる状況を設定し、また、分からないことには素直に質問、回答者にはほぼ全て何らかの形で感謝のコメントを残すことで、ビジネスの最前線で働くマーケターや研究者、コンサルタントから回答を引き出すことに成功した。 批判した教育関係者はこんなことが出来るだろうか。

これは、卑怯なカンニングや、論文のコピペとは違うレベルの話だ。

高校生は、ソーシャルメディア時代にもっとも求められるコミュニケーション能力を駆使したことで、「巨人の肩」に乗り、情熱は守られた。

  • 図書館にはできないこと

mixiの高校生は大人のコミュニティに登場し、それはそれで良いのだが、もし同じような好奇心や情熱をもつ相手が、同じ世代だったらどうだろうか。(いや、この際あまり年齢は関係ないのかも知れないが) 

どんなに特異な趣味(例えば、「毛虫の生態」のような一見気味の悪いものであったり、「失恋時の食欲の変化」というマジメに研究するのに相応しくないと思えるもの)であっても、日本中、世界中を探せば、自分以上に興味を持ち、研究している人がいるハズである。

検索技術はそうした人たちを「探し出す」ことを可能にし、ソーシャルメディアは「結び付ける」ことも可能にする。

今までは図書館で探すことくらいしかできなかったが、ソーシャルメディアにおける一番の違いは相手が「生きている」ことだ。実際に質問することもできるし、現在進行形の課題や、研究者の生々しい悩みも垣間見ることができる。もし、学生同士であれば親友になるかも知れない。

たとえ、実際には一度も会ったことがなかったとしても。

今の段階では、教育的テーマで子どもや学生が好きに語り合う場やテクノロジーが発達しているとはとても言いにくい。(ビジネスのフィールドでは、Linked inが相当上手くやっている印象を受ける。) しかし、もし世界中の子ども達が、そうしたメディアを手にし、低年齢の頃からそうしたコミュニケーションから自ら学習するようになったら、世界はどうなるだろうか。

もし、「人権」に興味がある子は、中国人にQQで直接質問するだろうし、「国際政治」に興味がある子は、イランの活動家に直接Twitterで連絡するかも知れない。MITの教授の論文に直接ケチをつけたブログを公開する子もいるだろう。現在進行形のそうしたやりとりは、答えが決まっている教科書の問題を説くより遥かに面白いし、多様な考えや価値観があるということを自然と学ぶはずだ。

その結果、彼らの情熱は守られる。

  • 現場が最初にすること

もはや現場の教師が全てを把握することはできないだろう。
求められるのは、リーダーシップや、励ましたり、オンライン上の危険を教えたり、溢れる情報を整理したり、情報の信憑性を教えたりすることで、今の教育現場で実現されているとは言い難いものだ。しかし、それができなければ、臭い物には蓋をするように、「押さえつける」ことだけしかできない。

飲みの席なんかでこの話を現場の教師にすると、ほぼ100%の確立で「夢物語だ」だとか「現場にそんな余裕はない」というコメントが返ってくる。実際そうかも知れない。自分には黒板を前にして授業をした経験はないし、教師の薄給、労働時間の長さ、非効率的な事務処理、そして、校長-教育委員会-文科省ピラミッドによる一律的なイニシアチブは、強烈なものがあるのだろう。しかし、そんなこと言ってたって、世界は何も変わらない。一歩ずつでも、できるこを探してやるしかない。

そんな最初の一歩としてまずすべきことは

子ども達のテクノロジーを理解すること

だ。活字離れや文章能力の低下を憂う声を良く聞くが、例えば携帯メールやプロフでやり取りされる情報量は相当なものだ。だとすれば、旧世代のテクノロジーを押し付けるのではなく、彼ら・彼女らのテクノロジーを現場が理解した方が遥かにスムーズに行く。

具体的には、絵文字や顔文字、散文的な文章にも慣れる必要がある。そして、先生と生徒が個別に相談ができる携帯サイトがあったって良いハズだし、「保健室」がオンラインであったって何も問題はない。

学校裏サイトだって、「アクセスするな!」と言ったってどうせアクセスするのだから、実際に先生がそこへ行って真剣に議論した方が、問題解決に役立つだろう。

もっとも、最初の頃は子ども達にも違和感が生じるだろう。今までは自分たちの「友達」だけが集まる治外法権の部屋に、大人がずかずかと入ってきた印象を受け、お互いどう接したら良いか分からない。

これは、企業がソーシャルメディア上で宣伝だけしてしまい、ユーザーと信頼関係を構築できないのと同じ構図だが、一部の先進的な企業が克服しているように、教育現場もいづれは克服できると思う。

そのためには何よりもまず、彼ら・彼女らのテクノロジーを学ぶ必要がある。(生徒と先生の立場が逆転するのだから、最初は生徒も喜んで教えてくれるかも知れない。実際に、アメリカではそうした試みは既に一部で始められている。)

もし、運良く彼ら・彼女らの世界に足を踏み入れることができたら、きっと今まで気付かなかった彼ら・彼女らの「情熱」を発見することができるはずだ。

【発見】『Twitter学習法』、教育革命の匂い。Twitterを用いて、人に分かりやすく、面白く、学んだことを『伝える』。このやり方で勉強すると『勉強』も最高にチャレンジングで楽しい!!やばい、俄然楽しくなってきた! @Doubles9124

(参考)

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Posted By nshoji

3 Responses to “ソーシャルメディアと教育について”

  1. みなさん読んでいただいてありがとうございます。これからもTWだけじゃなくてまとめてブログ更新するので末永いお付き合いを。調子に乗って年末に書いた中二的な記事をポストしてきます。おやすみなさい。-ソーシャルメディアと教育について http://bit.ly/a7DUZR

  2. Yuji より:

    何をするにもちゃちゃが入るのだが。戦後の子供たちも近所の大人に色々きいたと思うが、今の時代は近所付き合いもほとんどないので。。。確実に広がる教育方法だと思うが。RT @nshoji: ソーシャルメディアと教育について http://bit.ly/cO5PPJ

  3. メロウ より:

    "ソーシャルメディアと教育についてnshoji.com | nshoji.com – http://goo.gl/eWdTx " 内容が面白いのはさておき俺も親友はいるのかって聞かれたらシェーンベルクって答えよう

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